Another-Perimeter 〈あとがきにかえて〉                               
「花の回想を運んだ風も父を焼いた窯を抱く山裾の残雪も、空中を漂い続ける架空の膜にすぎない、と気軽にかく書き写真のページをめくる。指腹が触わっているメタフィジックの風の膜=写真、現れたのは、二枚合わせのもうひとつの境界という虚しい空だ。」と本文のテクストに書いた。

多くの写真作家たちが言及するように写真はイメージ、実体の媒体であるとする。そこに常套の身振りでもあろう回想の鞘を被せる。しかしこの回想が常套と因縁の結び目を辿り予定された旅路の完結を目指すものならば、あえて写真作品を回想の鞘として呼ぶこともなかった。回想においても媒体であることに留まるべき写真のいわば捉えどころのない在り様こそが主題なのだ。亡霊みたいな媒体に執着することじしんが回想の鞘が孕む因縁の業火のせいなのだろうか。妖しいアナロジー、不滅の業火は架空ともいえない。

写真=媒体は膜状の浮遊体でもある。メタフィジックの風の膜。空に描かれ膜を埋める疑似虚無の函数。植物であれ鉱物であれ。ついに濡れたまま凍結した花弁。砂丘と空を分かつ稜線さえも。膜の空洞を亀裂と因縁の筋が走る。納得しがたい傷跡を漿膜に刻む。
 かく書き見る、すると領域としての境界は同時に見られる外周に忽ちに変換されるというべきだ。しかもつねに先送りされ果てのない虚しい外周Another-Perimeter・・・俺は外周のさらに外からさらなる外周を見ることになる。 

冷たい海からの引用の波のように こびりついた因縁と業火の燠が写真を押し出し回想の鞘膜を凡庸に膨らませる 写真は「憂鬱でガラス状の膜」だと弁明したところでどうにもならない
 憂鬱だからね なるほどきみは愉快だねと遠くから聞こえる声 声さえも腹立たしい二枚合わせの声ではないか 二枚合わせのもうひとつの境界 果てのない外周という思考 その透明の注水が満ちたとしても元々虚しい空だ 悩み深い襞を洗い 花首と螺子が笑いながら散乱する 至近の何かが顔を撫でる
 否応なく 痛々しく 消えることなく 
一体何を体験したんだ  


同様の主題である前作『OUYO』に続き、『もうひとつの境界Another-Perimeter』を上梓する。  2022年10月28日  著者                                                 


               〈本文中テクスト)
回想 KEINE SORGE〔ご心配なく ありがとう〕



漿液は過去からの引用に回想の鞘を被せることで満ちてゆく。
隔たりは消える ご心配なく ありがとう

若い母の破れた笑顔が絶えない 少しこ太りのおどけた宏 屈託ない早苗 父が撮った俺はなんとも落ち着きがない しょっぱい氷砂糖のようなけいこちゃんも混じった宝来通りの方々 十五歳の眩しい胸章 聡明な浩子 秀子十九歳 初めての塑像作品 父が残した夢の花園を写真集に収めようと思う 雪の桟橋に立つ八歳の俺 最北の岬に立つ宏

はじめの引用を繰り返そう 何度でも

そしてこの、ものの滑りをよくする膜は、空中をただよい続けるだろう。この膜は、滑りをよくする腐蝕性の膜であり、二枚合わせの、多くの段階をもった、無限の亀裂が走る膜であり、憂鬱でガラス状の膜である。だが、これはきわめて感じやすく、ぴったりとあっており、増殖し、分裂し、亀裂と意味と麻酔剤と滲透性のある有毒な注水作用とによってきらめきながら、方向をかえる力をかねそなえているのだ。

花の回想を運んだ風も父を焼いた窯を抱く山裾の残雪も、空中を漂い続ける架空の膜にすぎない、と気軽にかく書き写真のページをめくる。
二枚合わせのもうひとつの境界という虚しい空。腐蝕を逸れた指腹が写真を触わる。
透明で隔てのない漿液の孤独な注水に没頭する。植物であれ鉱物であれ。回想の鞘が連続し繁茂する企図の根を支えるはずだ。だから生命漿膜の愉快な器官は全開だよね。愉快だね。麻酔、接合腐蝕が痛々しく二枚合わせの滑りを保護する。 ご用のお気遣いなく ありがとう

  KEINE SORGE〔もはやSorgeの衣装も属性もないゆえに〕
〈本文テクスト〉
もうひとつの境界 Another Perimeter  2022         BASE  KOBIKI
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もうひとつの境界——疑似虚無の函数



猫が素知らぬ顔で影を踏む
木立を濡らす月光
薄目を剥がし光が眼の漿膜を搔き混ぜる こびりついた疑似虚無らしく輝く
稚拙さは切実な表出でもあった
俺は写真に近づきたいと思う 深淵を跨ぐように 
写真の距離が水溜りになる もうひとつの境界を示すかのように

「憂鬱でガラス状の膜」と引用したところでどうにもならない  
憂鬱だからね
きみは愉快だねと遠くから聞こえる声 

そのとき、人びとは、あらゆる言語が涸れはて、あらゆる精神がひからび、あらゆる言語がこわばるのを眼にするだろう。人間の姿かたちは、ものをひからびさせる吸玉に吸われたように、平たくなり、空気が抜けてしまうだろう。そしてこの、ものの滑りをよくする膜は、空中をただよい続けるだろう。この膜は、滑りをよくする腐蝕性の膜であり、二枚合わせの、多くの段階をもった、無限の亀裂が走る膜であり、憂鬱でガラス状の膜である。だが、これはきわめて感じやすく、ぴったりとあっており、増殖し、分裂し、亀裂と意味と麻酔剤と滲透性のある有毒な注水作用とによってきらめきながら、方向をかえる力をかねそなえているのだ。   
アントナン・アルトー『神経の秤』      


猫 月光 人人 仮装のはずはない だが疑似虚無の当たり前の函数どおりに 既にぴったりと常套の函数ゆえに!
美しい螺子と花首たち 声も立てずに笑う 水溜りの底に愉快に漂う 顔を失った無言の仮面で もはや不在の俺の後にも潜ってゆくだろう いつもの空の隧道=写真の膜の中へ 
B5  ページレイアウトイメージ
全118ページのテクストと写真ページ
参照と引典
アントナン・アルトー『神経の秤』 粟津則雄訳『ヴァン・ゴッホ』所収 筑摩書房
ジル・ドゥルーズ『原子と分身』 原田佳彦 丹生谷貴志訳 哲学書房
フェリックス・ガタリ『リトルネロ』 宇野邦一 松本潤一郎訳 みすず書房
志賀理江子 『螺旋海岸』ノート他 『Lilly』『CANARY』『Blind Date』
漿膜(しょうまく serous membrane もしくは serosa) 辞書からの引用


体腔の内面および体腔にある
臓器の表面をおおっている薄い膜の総称。中皮である腹膜、胸膜、心膜などの内面や内臓器官の表面をおおう薄い半透明漿液を分泌して相互の摩擦を少なくしている 腹膜・胸膜・心膜など。    など。

表面
はなめらかで、漿液を分泌する細胞で構成されている。漿液によって臓器間の摩擦を軽減し漿膜組織の細胞への栄養代謝を行っている。これらの漿膜が炎症を起こすと、漿膜が覆う各臓器は重篤な機能不全に陥る。     え!

爬虫類・鳥類・哺乳類・人類の発生途上の胚と卵黄嚢・尿嚢をつつむ、一番外側の極めて薄い膜。節足動物の胚の一番外側を覆う膜。  わお!


つまり辞書は内も外も目で見るように書く が漿膜にを折る
写真が息を大きく吐く ゆっくりともっと大きく吸う
滑らかな膜につつまれ
悩み深い襞を洗ってゆく透明の漿液
冷たい海からの引用のように  
こびりついた
引用 漿膜の写真に溶かし
至近の何かが顔を撫でる 波の語=記憶の襞が逆立つ  
    否応なく
 痛々しく 消えることなく
   
一体何を体験したんだ